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GreatRaceのお話(インタアーバンは面白い・その4) [海外電車汽車、今昔]

またまた、インタアーバンについてのお話~なのに突然飛行機が?C&LE01R.jpg(1)さらによ~くよく見ると、なにやらワイヤーが写っています~ずいぶんな低空飛行のようです。

C&LE03R.jpg(2)アメリカらしい平らな直線を白旗揚げて(降参してるのではなく、臨時列車の印だそうです)突っ走る電車・・・C&LE02R.jpg(3)こういうことだったのでした!オハイオ州に広大なネットワークを持っていたインタアーバン、Cincinaty & Lake Erieという会社が、高速・軽量・流線形を売り物に投入した新車のPRのために行った宣伝イベント<飛行機との競争>だったのです~clelogo.jpg

今も昔も宣伝の国アメリカ、些か泥臭いとも思えるこういう手段が実行されてしまうのです~日本だとせいぜい<超特急燕を抜く新京阪電車>くらいですけどねえ。


 

主人公、というかその電車がこれ、幾多の電鉄が合同しC&LEが成立した直後の1929年に、一気に20両がデビューしたRed Devil(赤い悪魔)という物騒な通称の電車です。(4~6)アルミニウム車体を採用し流線化・高速化を図りつつ、当時の最先端アールデコ意匠を取り入れ革張りのシートなども採用(~なんて、相変わらず見てきたようなこと、書いてますね)するなど起死回生を計った新車でした。cle46R.jpg創業時の典型的インタアーバンスタイルの大形木造車に比べて、サイズがぐっと小さくなっているのは乗客の減少(輸送量の実態)に対応してのことでしょう。ごらんのように連結器もありませんから単行専用。cle45R.jpgcle47R.jpg私のようなインタアーバンフリークにとってはリアエンドのデザインもなかなか!と思えるのです・・当時のバスの顔つきにも見えてしまいますが=ちなみにこの124は室内後部がサロンスペースになっているようです。

時代に取り残されないようにとの期待を込めてデビューしたものの、この電車のデビューが1929年、全線廃止が1939年~イベントの効果むなしく敗れ去った、ということでしょうか?・・・

さすがに鳴り物入りで登場し車齢も若い<赤い悪魔>ですから、第2の働き口を得たものも~写真の123号は廃止後フィラデルフィア近くのLehigh Valley Transitという会社に売られて、1952年まで現役だったとか・・ちなみに'52年は誰かさんの生まれた年ですね。cle35 SCRAPPED1952.jpg


 

このレースの模様はムーヴィーカメラで撮影され、全米の映画館でのニュースリールとして公開されたとか~ペンシルヴァ二ア鉄道とかニューヨークセントラル鉄道とかならPR効果も期待できますが、地方交通のためのインタアーバンが全米でPRした理由がよくわからない(~と書いておくと誰かが注釈やエピソードを披露していただけると期待しています)。cle44R.jpg (7)

気になる結果ですが当然ながら電車の勝ち!まあ、こんな当時としても旧式な飛行機ですから至極当然な気がします~(苦笑)

記録によれば電車のトップスピードは97マイル(およそ155㎞!)だったといいますが、(2・3)の写真のような貧弱で保線も良くなさそうな軌道を見るとホントカナ~(笑)

これぞまさしく<出来レース>!おそまつ。

 

 


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なにわ@昼休み

一回で3ネタ位あるお話を・・・・。
かつてのヨーロッパの路面電車みたく、片側にドアがない、運転台も片側、ということはシンシナティとトレド、もしくはデトロイト(相互乗り入れしてたそうです)では、ループ、もしくは三角線で折り返していたのでしょう。
輸送力はそう大きくなかったのでしょう。

それにしてもこの台車、木南臭がプンプンしませんか。
by なにわ@昼休み (2012-03-10 12:40) 

Junior

 
しかし、美味しいネタが次から次へと繰り出されますねぇ。
さながらインタアーバン噺の回転寿しですな。(安物臭いな・・・・)

先日のノース・ショアにしても、今回のC&LE(正式名はCincinnati & Lake Erie シンシナーティ・アンド・レイク・イリー)がどの辺りなのか判らない方もいらっしゃるでしょうから、当時のインディアナ州を中心にしたインタアーバン/サバーバンの路線図をば。
http://www.uwgb.edu/dutchs/Graphics-Other/histsci/midwtrn1.gif
左上の青いのがミシガン湖でシカゴやミルウォーキーの地名が読み取れます。
C&LEはどこか?と言うと、オハイオ州の南西部、それも一番端っこ。
ここから北上してイリー湖畔トレドに到る路線です。
ん? コメントじゃなくて補足説明してますね。出しゃばってスミマセン・・・。

でまぁ、この間200マイル以上ありましたし、既存の一級鉄道もあったワケで鉄道院 vs. 阪神電車の競争が長距離で行われたってイメージですね。

旅客に関しては元々単行の電車だったので、それ程沿線上に大きな輸送需要があった訳じゃないと思います。
だからRed Devilも連結運転を考えていなかったんでしょう。

C&LEで連結運転と言うと、トロリー・フレイトですね。
会社はどちらかと言うとこっちの方に力を入れてた。
ボックス・モーターがトロリー型のボックスカーを連ねて突っ走る。
接続する州内の電気鉄道やインディアナ州からやって来る電鉄の貨物が大きな収入源だったんですね。しかもネットワーク内の即配システムが謳い文句だったし。

長いコメントだわ・・・。スミマセン。
Red Devilは登場時期が悪かったですよね。1929年って、大恐慌の年でしょ?
旅客輸送のカンフル剤になるべしだったのに・・・。
しかし、自慢の高速も都市内の併用軌道(沿線の中規模の町でも併用軌道があった)じゃ活かせず、結局は一級鉄道の方が早かったりして。

映画の件ですが、もしかしたらC&LEより、メーカーの Cincinnati Car Companyの宣伝の意味の方が大きかったんじゃないですかね?
そっちなら全米で宣伝する意味があるし。

と、ウダウダとスミマセンでした。お邪魔様。
 
by Junior (2012-03-10 13:42) 

EF510-230

リヤエンドのうにょうにょと波打った庇がなんともいえませんね。
by EF510-230 (2012-03-10 21:32) 

Cedar

■なにわ@昼休み様
シンシナティは街のワンブロックを使ったループのターミナル、トレドは窮屈な三角線だったようです。
木南風の台車や簡単な床下機器など、ホントに96マイルで走れたのかと疑ってしまいますね。
■Junior様
いやはや、予定通りの補足(笑)サンキューでした!
200マイルってアメリカ的感覚だと大した距離じゃないですが、東京~名古屋位あったわけですね~こんなちっぽけな電車でその距離走るとは。
オハイオのトロリーフレイトもいずれ取り上げるつもりでした。
記事ダブりは削除します。
今後とも強力な御協力よろしくお願いします。
■EF510-230様
庇のヨレはアルミ製だからでしょうか?そこには気がつきませんでした。


by Cedar (2012-03-10 23:55) 

紅玉国光(富山市)

ぅひゃぁ;
複葉機と電車が競走……これはまた凄い:
南満州鉄道のあじあ号が、満州航空が英国から輸入して使っていた「デ・ハヴィランド・プスモス」機と(偶然にですが)競走になる事があり、向かい風が強いと、あじあ号の方が飛行機を追い越していた……逸話は聞いた事がありますが、
航空大国でもある米国で!!それも、「カーティス・ジェニー」の払い下げぽんこつが幅を利かせたバーンストーミング時代ならいざ知らず、この複葉機は割りと新しそう(WACOかステアマン?)なので、
確かに、地元シンシナティー車輌会社の宣伝臭がする“出来レース”かも知れませんね……。

ところで米国の電車用台車には、ブリル50やPEで愛用されたリジッドボルスターB型の如く、平型棒鋼組立式(アーチバー)のものが結構多い(何故か我国では殆ど受け入れられていない)のですが、
低速路面電車用と思っていたら、150km/h超の高速運転にまで供されていたのですか?!しかも見た所、平軸受らしいし(特殊な小型ローラーベヤリングの可能性はあるが)、時代的にも吊掛駆動の筈だし……。
台車、保つのか?(軸箱過熱、台車枠折損、構造疲労etc.etc.)
by 紅玉国光(富山市) (2012-03-11 10:47) 

Junior

 
ホント、出しゃばって申し訳ないです・・・。

シカゴ近辺やLA辺りも確かにインタアーバン王国だったのですが、このオハイオやインディアナ辺りも話題豊富なんですよね。
まず、リンク先の地図を見れば、インタアーバンやらサバーバンのトロリー・ライン乗り継ぎで地図で見える範囲だけでペンシルヴェニア州(オハイオ州の右隣)からウィスコンシン州やミシガン州まで行けるのですが、確かニュー・ヨークからもトロリー・ラインで行けたハズです。
ン? これも後日のネタかな?

で、Red Devilとよく比べられるのがIndiana RR.の同じく軽量高速電車ですよね。
http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/8/8e/Indiana65.jpg
製造所は違うけどコンセプトは同じだし、デザイン的にも似通ってるし。

で、Red Devilのインテリアの写真があります。
http://www.delphos-ohio.com/Holdgreve/interurban-coach.gif
こんな豪華なパーラー・セクションでふんぞり返って大恐慌時代の庶民の生活を眺め乍らの旅てのも複雑ですよねぇ。
 
by Junior (2012-03-11 14:07) 

Cedar

■紅玉国光(富山市)様
あじあと飛行機ってのも、ありそうな話ですね~少し満鉄の宣伝のにおいもスル?
おっしゃるようにあの下回りは高速運転向きではありませんね。
■Junior様
どんどんでしゃばってくださいませ!
NYからシカゴまでトロリーで行けたってのは知ってました。実際に行ったら何日かかるんでしょうね?(後日のネタにするには情報不足)

パーラーセクションはインディアナ鉄道にもあったのですよね。ここでふんぞり返って己が勝ち組を実感する!いかにもアメリカらしいじゃないですか?
by Cedar (2012-03-11 22:37) 

Cedar

★やまびこ3様
★しまりす様
★gorosan5670様
★UZ様
nice!ありがとうございます
by Cedar (2012-03-11 22:42) 

Cedar

★あおたけ様
nice!ありがとうございます
by Cedar (2012-03-13 23:10) 

Cedar

★denta60様
nice!ありがとうございます。

by Cedar (2012-03-14 10:48) 

Cedar

★サットン様
★suzuran6様
nice!ありがとうございます
by Cedar (2012-03-15 00:07) 

Junior

 
> 後日のネタにするには情報不足

以前、故木村昌晴氏とO中氏の手による最長距離インタアーバン旅行の話を纏めた資料があったのですが、紛失してしまってますね。
例の集会で某クラブの方に訊けば、恐らく保管していらっしゃると思いますよ。

> パーラーセクションはインディアナ鉄道にもあったのですよね。

ありましたね。
単行の電車(Indiana RR.のは連結運転可能ですが)でそんな設備を設けるとなると、もうフリークエンシーや大量輸送とかのインタアーバンのメリットを活かすと言うより、豪華さだけをウリと言うか、断末魔の最後の手段、必死の足掻きに見えますね。
「旅客輸送はもうダメだけど、チョット豪華にすりゃ、あわよくば金のあるヤツが乗ってくれるだろ」てね。
今のAMTRAKの列車と似た様な考えですよね。
by Junior (2012-03-15 11:41) 

紅玉国光(富山市)

追記 満鉄あじあ号とDHプスモス機の競争の話は、確か当時の満州航空の操縦士だった方の回想談で読んだもので、満鉄側から流した宣伝では無いと思います。
その談話には、満州事変勃発当初、事勿れ主義の陸軍上層部は戦火拡大を恐れて陸軍機の出動を禁じたので、現地では満航のプスモス機を用務飛行の名目で借り上げ、こっそり偵察に使った……とか、今なら国際問題になり兼ねない(と云うか、当時の満州地方軍閥は対空火器も持たないか、あったとしても航空機にどう対処して良いか知らなかったのであろうが、丸腰の低速民間機で危険極まりない……)、後に米国がヴェトナム戦争のラオス/カンボヂヤ戦線で、C.I.A.後押しの航空会社A.A.(エヤー・アメリカ)を使ってやらせたのと同じ様な裏話があったとか、
満鉄の用務飛行では、内蒙方面への鉄道建設中に大興安嶺を越える飛行を繰り返したとか、色々な話題があったのを覚えています……。
by 紅玉国光(富山市) (2013-02-23 18:23) 

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