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映画『銀座二十四帖』を鉄的に観る。 [映画・音楽]

ほぼ非鉄だった正月に続き、よんどころない理由で鉄分欠乏中のCedarです。銀座24帖01.JPG(1)
こんな時は真夜中に古い日本映画で鉄分補給=今日の作品はコレ。
1950年代、柳並木の通りを都電が走っていた銀座が舞台の日活映画です。

制作当時(1955公開)の銀座の空撮も登場します。銀座通りに沿って4丁目から新橋方面へ~
まずは銀座4丁目交差点、和光・三越・松坂屋といったビルが目立ちますが低層の店舗も結構見られます。茶筒の三愛ビルは影も形もなく、ライオンビアホールも低い建物ですね。
銀座25帖05.JPG(2)銀座25帖06.JPG(3)
上方に汐留貨物駅の屋根の連なりが目立つ新橋交差点です。都電の敷石を見ると虎ノ門方面から銀座方面への渡り線があったようですね。昭和通りにも線路があったように見えますが、このあたりの線路配置はCedarにはよくわかりません。左下には川が見えてますが、今は高速の高架になっているのはご存知の通りです。


映画のイントロは銀座は銀座でも新田銀座なる東京近郊の場所~この銀座は実在してたのでしょうか?道に止まっているのはニッサンのヂャイアント号というオート3輪トラックです。
銀座24帖48.JPG(4)
このオート3輪は世田谷砧界隈の花農家のトラック。
砧がこんなに田舎?~いえいえ当時はこうだったのでしょう。日活撮影所からすぐそばで、こんなシーンは簡単に撮れちゃった?
銀座24帖47.JPG(5)

新田銀座から本当の銀座へ、途中某所で花を商う主人公(三橋達也)がオート3輪に乗るシーン、荷台下のヂアイアント号のロゴは『チカイアント号』と読めちゃいます。銀座25帖08.JPG(6)

~ま、それはどうでもよくてこのカットは鉄としては注目なんです。トロリーバスの架線が終点になっていることです。この場所はどうも渋谷、道玄坂辺りに見えますが、かつては明治通り~大山街道~山手通りを品川まで走っていたトロリーバス、この当時は渋谷までだったのかもしれません。
銀座24帖50.JPG(7)

ヂアイアント号は六本木方面から飯倉片町を抜けていきます。バックの緑は今のロシア大使館ですね。沿道がほんとに普通の民家が立ち並んでいるのが驚きですが、オリンピック前の東京の道って、こんな広さ、こんな佇まいでした。
(8・9)
銀座25帖10.JPG銀座25帖11.JPG
カメラがパンしていくと都電飯倉の分岐が見えてきます。画面右外奥に東京タワーが建設中?かどうかはわかりませんが・・・神谷町方面から都電1200が坂を上ってきます

~と書いてよく見たら800形かな?この辺に使われていたのでしょうか?

今では外資系企業のオフィスなどが多いこのあたり、当時は自動車修理工場などが多かった記憶があります。

銀座25帖12.JPG(10)
拡大しても系統番号は読めませんね(目黒行きの5番でしょうか?)先程書きましたが、東京の道幅はこんなもので、映画『ALWAYS 3丁目の夕日』のやたらに広い都電通りはやはり変でしたね~スタッフがせめてこの映画を知っていればなあ~と思います。

映画の主たる舞台、早朝の銀座にもオート3輪~築地市場から品物を運び出すクルマだとか・・都電通りには銀座の柳、つい最近まで健在だった松坂屋のマークやアールデコ風の佇まいも懐かしい・・・
銀座25帖14.JPG(11)

主人公も3輪バイクで颯爽(?)と銀座の裏道を行きます~
(12・13)
銀座25帖13.JPG銀座25帖07.JPG
松坂屋前では懐かしい塗装の都バスも登場します。派手なような地味なようなあの塗装を記憶している方も少なくなったかも?

散水車が和服の女性のすそを濡らす~まだ川が流れていた三原橋あたりのショットです~このあたりも今再開発の真っ最中ですね。銀座25帖16.JPG(14)

いつものようにあらすじは書きませんが、柳沢類壽の脚本はなかなか欲張りで、麻薬組織摘発のサスペンスから、ロマンスから、親子・兄弟の涙物語まで盛り込み、その入り組んだ物語の舞台が銀座の街角だったり、キャバレーやバーだったりと、とっ散らかりそうなお話を、名人川島雄三監督がうまくまとめています。

出演者も主演の三橋達也・月丘夢路以外にも懐かしい顔ぶれが揃っています。銀座25帖18.JPG(15)
例えばコレ、大坂志郎と少女時代の浅丘ルリ子、新橋演舞場をバックのツーショットです。

森繁久彌のナレーション(=ジョッキーとクレジットされてます)が時折乱入(?)してくるのも場面転換をさばく手法として成功していますね。銀座24帖02.JPG(16)
主題歌『銀座の雀』も、タイトルロールで森繁バージョンが使われています。


ここからは、例によって鉄シーンをピックアップしてご覧戴きますが、銀座ですから都電が多く登場します。

須田町と並んで多くの系統が交差し、都電のハブ的交差点だった銀座4丁目、緑と黄色のツートンも懐かしい都電たちもまだまだ元気でした。
この頃はビューゲルが屋根の中央でない(細かい!)車両があったのは、ポール併用から時間が経ってないからでしょうか?
銀座24帖32.JPG(17) 
銀座25帖20.JPG(18)銀座26帖19.JPG(19)
このショットはなかなかすごい~一体何両の都電が写っていますかね?
京橋のビルの屋上から銀座・新橋方面を撮っていると思います。 沿道のビルが低い分道幅が広く感じます。柳の並木も太陽をたっぷり浴びて元気に見えます。娯楽の王様だった映画ならではの贅沢なショットですね。

銀座24帖35.JPG(20)
この映画で印象的なのは銀座周辺の川の風景です。これは新橋(=という名前の橋があったことすら知らない人が多い)でしょうか?
川があれば橋があり都電が渡っていく、街の空気を表すインサートとして印象的なこんなショットも、都電や都バスが動く大道具として効果的に使われているのですね。写っている都電は小形車1000です。


銀座の街のバック(というか、エッジとして)として重要なものは、新橋~有楽町の国鉄の高架線ですね。当時は勿論新幹線はなく、この映画でも東海道線の列車や湘南電車が登場します。

 

銀座26帖20.JPG(21)
銀座の玄関口の1つだった新橋駅の旧本屋です~Cedarはなんとなく記憶があるかな~って感じです。
銀座24帖31.JPG(22)
もうひとつの玄関、有楽町駅のとなりには、『有楽町で逢いましょう』のタイアップソングで売り出したそごうデパート(読売会館=現在はビッグカメラ本店)が建設の真っ最中です。

この映画の面白いところは、こういうドキュメンタリーなショットも多いこと。時代の記録を、という意図もあったのでしょうか?

その有楽町を通過して、終着東京駅に到着寸前の『つばめ』、EF58+44系客車の特急列車には、電車屋Cedarも一目おいてもいいかなと思う風格ではあります。銀座25帖21.JPG(23)

『つばめ』のラストは展望車、すれ違うのはスカ線、並走していく73系も懐かしい~新幹線開通前の鉄道全盛期のショットですね。
銀座24帖58.JPG(24)
ここでのご注目は、山手&京浜東北がまだ複々線になっておらず、3線なことです。そして東海道線寄りの1線は東京駅で列車ホームにつながっています~常磐線電車が有楽町まで乗り入れていた、というのを読んだことがありますが、この線路を使っていたのですね!(間違っていたらご教授のほど)

銀座24帖22.JPG(25)
ヒロインの従姉妹が大阪から乗ってきた、という設定で東京駅10番ホームでのロケ~入線してくるゴハチの左に停まっているのは、スロ51の所属が門司局ですから九州への急行でしょうか?。銀座24帖23.JPG(26)銀座24帖30.JPG(27)
大丸デパートの入った旧八重洲口駅舎は、懐かしいというより記憶に刷り込まれています。
下はその駅頭でのシーンですが、遠景に都電がちらりと見えます~数寄屋橋⇔池袋駅の17番でしょう。
銀座24帖57.JPG(28)
こういうドラマの流れのカットにも、電車を見つけるのが嬉しい(=ってのはCedarだけ?)のですが~最近流行りのタイアップでもないとすると、案外スタッフも意識してバックに登場させてるのでは、と思います。街の活気を表す『動く背景』として効果があるし、映画やさんには乗り物好き=鉄好きが結構多いですから・・・。

(19)で橋を渡る都電のショットを紹介しましたが、それ以外にも橋と都電が登場します。銀座はもともと隅田川からの掘割に囲まれた街だったのですね。

銀座24帖44.JPG(29)
まずは采女橋~東劇ビルの裏手あたりから晴海通りを見ています。橋をわたっていく都電は前回の『東京5人男』にも登場した3扉車5000、大柄の車体は走れる系統が限られて、新宿駅~都心を結ぶ系統にほぼ専用に使われていました。手前のクルマ(タクシーです)も痺れるデザインですね。銀座24帖64.JPG(30)
このあたり、比較的最近までこんな風情も残っていましたが、今は全く見る影もなしです。

次は新橋です。水辺の柳、クラシックなデザインの橋、そして水上バス・・情緒満点のショットですが森繁ジョッキーは『馥郁たるドブ川の香りまでは映画には写っていません』と茶化しています。
(31・32)
銀座24帖54.JPG銀座24帖55.JPG
都電のあと追いで銀座に入っていくバスは、塗装から見て東急バスだと思います。当時は私鉄バスが東京駅から郊外までの路線をたくさん運行してました。東急も丸子橋とか九品仏までの路線がありましたね。
銀座24帖53.JPG(33)

最後は新橋を渡る都電を土橋から銀座24帖37.JPG(34)

この映画の水辺のシーンがなかなか素敵なショットが多いので、今の姿と並べてみようかと思ったのですが、現状があまりにせせこましく、ゴタゴタ絵にならない場所が多いので止めました~

~ご承知のようにこれらの川は東京オリンピックのために、すべて水でなく自動車が流れる首都高速になってしまいました(=といってもCedar自身は銀座の水辺風景を知ってるわけではありません、念のために断っておきますよ~)。

次のオリンピックで、またまた東京名物・街壊しが加速しちゃうのが嫌だなあ~なんて映画観ながら思ったりします。


そして最後の鉄シーンは新橋駅の東海道線ホームでの主人公男女の別れ・・・
(35~38)
銀座24帖38.JPG銀座24帖39.JPG
ヒロイン月丘夢路さんの美しいお顔よりも、バックにボケてる電車が気になったりする・・・銀座24帖40.JPG銀座24帖41.JPG
忸怩たる思いの2人を中を引き裂くように到着する電車は、なんと湘南形の1次車!

てなわけで、いつもながらの強引な鉄記事化~これ以外にもご紹介したいショットもあるのでそれはまた次回に・・・
銀座24帖42.JPG(39)

BDをお借りしっぱなしのTad様、まことにすみません。


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コメント 36

Tad

待ってましたッ!
今回は都内限定ですから次回が○○ですねぇ。

最近古い地図に凝っていていろいろ見てますが,新橋から三原橋に抜ける路線があったのを知りました。ちなみに,昭和初期までは九段上から半蔵門に抜ける路線が千鳥ガ淵に沿って(かつてあったフェアモントホテルの前を通って)いたのも知りました。専用軌道だったのjな? 英国大使館の前から靖国神社に向う直線道路がまだない時代でしたんで…。

やはりこの映画に見る時代の東京がいいですね。高い建物がなく民家は基本が木造。車の数も少ない。ゴミ箱や防火用水があったりして…てのを昨日のことのように思い出します。

東京駅の八重洲口ビルができてるってことは,ここのお堀は埋められたんですね,この時には。銀座にはまだ三十間濠があったけど,それも時間の問題…。

写真(2)の森永の地球儀型広告塔はランドマークで,その向かいに木造2階建ての天賞堂があったわけですが,これでは見えないみたいですね。

ジジイには昔話になるとしゃしゃり出る悪い癖がある,んでご勘弁のほどを。
BDは急ぎませんからジックリお楽しみくださいませ。
by Tad (2014-01-19 14:08) 

Cedar

■Tad様
コメありがとう存じます!
この時代の町並みには美意識がありましたね、今は金銭意識だけ~?
都電の線路は道路計画で色々変わってるようです。
須田町なんかは柳原土手の狭い道に両国方面の線路が敷かれていたと、父に聞いた事があります。
森永地球儀もこの映画で効果的に使われてますが鉄シーンでないので取り上げませんでしたが、天賞堂絡みで語る方法もありましたね!
by Cedar (2014-01-19 14:26) 

Cedar

★ひでほ様
nice!ありがとうございます
by Cedar (2014-01-19 16:51) 

EF510-230

散水車、懐かしいですね。当時の映画はいろんな風俗が織り込まれていて興味が尽きませんね。
by EF510-230 (2014-01-19 17:39) 

のり

路面電車が生き生きと街中を闊歩していた時代ですね。
何台もの電車が続行するシーンは、なかなかの見ものです。
主だった都市から電車が消えてしまって久しくなります。街中からは、電車を追い出すしか術がなかったのでしょうか。残念でなりません。
by のり (2014-01-19 18:36) 

hanamura

ムハ~!豪華キャスト!すんげぇなぁ~。
そして、私の知らない東京風景・・・あこがれます。
by hanamura (2014-01-19 19:25) 

なにわ

こりゃ、コメントが膨大になっちゃいますよ
(3)は汐留の終点じゃないでしょうか。ここから三原橋までは戦時中に撤去されてたようですが。
番号ふってませんが、(9)は一桁ですから8系統の1200です。
(24)、そうです。東海道線の移設から山手線複々線完成まで常磐線が使っていた線路です。
(23)のEF58は最初から新車体で水切りがなく、(25)は車体載せ替えで試作塗装の16号機です。「つばめ」到着が17時で、スロ51のいる11番線は回送線ですから東京到着後品川へ回送するんでしょう。「きりしま」あたりじゃないでしょうか。
戦後、民営バスの都心乗り入れで都バスも相互乗り入れをしたのですが、最後に残った等々力~東京駅は東急バスが未だに営業しています。
都バスは昨年撤退しました。
by なにわ (2014-01-19 20:26) 

Cedar

■EF510-230様
最近は映画のストーリーより、背景の街や風物に目が行ってしまいます。DVDやBDで観るとついついスローやストップモーションしてまう。
■のり様
東京が江戸の匂いを消し去ったのは震災や戦災よりもオリンピックとバブルの時だった、という説はどうやら正しい気がします。駕籠や鉄道馬車につらなる路面交通が邪魔モノにされ始めたのも、オリンピック前の頃でした。

★あるまーき様
★あおたけ様
nice!ありがとうございます

by Cedar (2014-01-19 20:29) 

Cedar

■hanamura様
今みれば豪華キャストですが当時は若手~新人どっさり起用という程度でしょう。
この東京風景~私でもリアルに知りません。
■なにわ様
膨大コメありがとうございます、都バスの等々力行きが無くなったとは、近所に住んでますが知りませんでした~これが最大のトピック!

★モボ様
nice!ありがとうございます
by Cedar (2014-01-19 20:38) 

京阪快急3000

こういった古い映画から、鉄道の名場面を見出していく・・・。Cedarさんらしい、素晴らしい発想だと思いました。特に(19)、(23)~(25)、(38)は、とても印象に残りましたよ。
by 京阪快急3000 (2014-01-20 05:57) 

KEY坊

すごいぞ、スゴイぞ、湘南電車1次型 !!
これって、オハ45かなんかの客車を無理やり電車化した感じで、後の
正面2枚窓口の私鉄各社のデザインに影響を与えた原型とは驚きです。
お子ちゃまの頃、上野駅の薄暗い地上線ホームの高崎線かで佇んでる姿に不思議さと衝撃さを覚えた電車でした。
東京駅、変わり過ぎ ... 乗り入れ過ぎ、チャンポン状態、呆れる、着い
て行けないっ !!
by KEY坊 (2014-01-20 08:48) 

Cedar

■京阪快急3000様
若い方にお褒めいただき光栄です。
鉄+映画+音楽がCedarの三大栄養素ですから。
■KEY坊様
湘南1次形、造った方も「ありゃりゃ」と思ったのじゃないでしょうか?
慌てて考えたのが、かの二枚窓スタイルだったりして。

★とーる様
nice!ありがとうございます

by Cedar (2014-01-20 10:41) 

KQ

deepな映画のご紹介ありがとうございます
岡田真澄はいい男ですね
ところで(3)は私も汐留終点への軌道だと思います
昭和30年ごろの路線図では6、9系統の終点は新橋でなく汐留でしたね
トロバスは確かに昭和30年に渋谷まで、31年に品川まで運航開始なので撮影当時は道玄坂を登る電車線が工事中なのでしょう
右遠景に東横百貨店らしきビルがあるので、ここは今の109横(!)ですね
あと、誠に細かくて済みませんが、ヂャイアント号は愛知機工のブランドで、確かに同社は現在日産グループですが、以前はコニーなどを作っていたメーカーです
次回を楽しみにしております
by KQ (2014-01-20 13:18) 

Cedar

■KQ様
詳細なご教授、ありがとうございます。
いつも感じることですが、読者の方から様々な情報戴けるのはブログの楽しみですね。
岡田真澄は確かにいい男過ぎます、当時の映画スタァ(スターではない)は憧れの対象で「会いにいけるアイドル」なんかでは絶対なかった。
by Cedar (2014-01-20 16:28) 

はーさん

都電はグリーンとクリームの時代が良かったです。このような古い映画にはその姿がたくさん出てくるのですね。
都電のは急坂がたくさんありましたが、飯倉片町の坂は印象に残りましたね。この坂で33系統1200形を少し、撮ったことがあります。
 http://6.fan-site.net/~haasan55/Toden333.htm
by はーさん (2014-01-20 17:55) 

Cedar

■はーさん様
最近は昭和の日本映画の鉄シーン、特に都電と私鉄の写ってるのを探すのに嵌っております。
Cedarの好きなインタアーバンは戦前に消えたのが多く、古いアメリカ映画にはPE以外殆ど出てこないのが残念です。

飯倉片町の坂道はCedarも記憶に残ってます。分岐点は片町じゃなく飯倉でしたね。記事はさっそく訂正しました。
by Cedar (2014-01-20 20:34) 

Cedar

★素人写真様
★サットン様
nice!ありがとうございます
by Cedar (2014-01-20 20:37) 

Tad

(39)の四丁目交叉点では占領時代,MPの腕章をつけたタイロン・パワーが交通整理をしていたのはサザエさんの漫画にも出てきた有名な話でしたね。

岡田眞澄と云えば,当時は実兄EHエリックとともにロイ・ジェームズなんて人さんたちも活躍してましたね。TV草創期の話なんで今じゃ知らない人がほとんどでしょうか。そう云やロイ・ジェームズは高校の先輩だったから,Chitetsuさんのご父君の後輩(それとも先輩?)になりますか…。

タイロン・パワーを知ってる人はそれ以上に少ないでしょうネェ。「愛情物語」は今でも好きなシャシンの一本ですが,キム・ノヴァク,「めまい」とともによかったですね。どうしてもあの胸に目がいっちゃうのはボクだけ?

相も変らず関係ない話で失礼!
by Tad (2014-01-21 00:46) 

Cedar

■Tad様
タイロン・パワー、ロイ・ジェームス、キム・ノヴァク…
こりゃ懐かしい名前が並びましたね。キムさんは、ブロンドフェチのヒチコックの「めまい」が印象的でした。
by Cedar (2014-01-21 07:53) 

Cedar

★bee-15様
★やまびこ3様
★arail206様
nice!ありがとうございます
by Cedar (2014-01-21 07:55) 

京葉帝都

Cedarさんが映画から切り取った静止画に出てくる当時の鉄道車両は、書籍に記録された写真とはまた違った趣きを醸し出しています。都電はもちろん「つばめ」や旧客の優等列車、初代湘南電車など、まさに鉄道全盛期ですね。
銀座から川(水辺)が失われたのは街の情緒が無くなり残念です。元川だった位置に建つビルは耐震性が強くないと。

by 京葉帝都 (2014-01-21 12:42) 

Cedar

■京葉帝都様
写真と映画、同じなようでいてやはり違うんです。
フレーミング、ナメやバックの扱い、場面転換や時間場所移動の表現で使われることが多いのも写真との違いでしょうか?
by Cedar (2014-01-21 13:08) 

なにわ

ロイ・ジェームス?「不二家歌謡ベストテン」ですか。
東京丸請け番組も減りました。
使い道の失せた水の道を陸の道にするのはやむを得ない話ですが、
六甲アイランドが液状化現象を起こしたことをお忘れなく。
by なにわ (2014-01-21 17:15) 

狂電関人

Cedarさま

久々のコメントで失礼します。
映画に出てくる東京の街並みは、戦後の復旧も殆ど終わって
まさしく東京オリンピックに向けての工事が始まる前の、
一番美しい頃という感じがします。鉄道も一番輝いていた時代ではないかと
思います。
電関人としては、やはり一番目が行くのはEF58の登場シーンですね!
16号機、既に広島改造で大窓に一体庇が取り付けられた姿しか
写真に撮れていませんが、大窓機が一番好きでした。
by 狂電関人 (2014-01-22 17:25) 

Cedar

■狂電関人様
なんだか、ご無沙汰でした。まさに東京の街がいちばん美しかった頃です。
東海道線の客レといえばやはりゴハチ。寝台特急から長距離鈍行まで一手引き受けてました。有楽町の国電ホームからぼんやり眺めたものです。

by Cedar (2014-01-22 20:18) 

Tad

> ナメやバックの扱い

ウワッ! ここだけ取り出すとかなりYですね。

猥なる映画と云えば,日活ロマンポルノ以前のピンク映画じゃ,肝心の場面(「釣りバカ日誌」だと“合体”ですな)になると突然カラーになって,そこにモノクロでナックルカプラーがガチャンと連結するシーンがインサート(double meaning?),カラーに戻ってしばらくすると蒸気機関車のシリンダーのアップでピストンの激しい動きがまたインサート,カラーに戻りーのの後で,昔の東映映画のタイトルバックみたいな波がザッパーンと打ち寄せてコトが終る…てのがありましたネェ。
Y気が削がれると云うか,苦笑するしかないと云うか,そんな作りでしたけど(鉄マニアはそっちの方がよかったりして…),これ,カツドウ屋さんたちが鉄道好きってことと関係ないと思いますが,当時としては苦心サンタンの表現だったんでしょうか。今じゃこんなことやっても誰も笑いもせず,キョトン!でしょうね。

Cedarさんの書いた一言でこんなこと思い出しちゃいました。馬鹿なこと書いてゴメンなさい!
by Tad (2014-01-23 01:04) 

Cedar

■Tad様
パートカラーにモンタージュ!懐かしいですね。そんなの見てるだけでコーフンシテイタ時代が懐かしい!今みたいに家のパソコンでモロ出し画像が見られる時代とは大違いです。

しばらく前に記事にした『鉄とエロについて』のパート2はこういうモンタージュやシンボライズの手法について書こうと思ってました。実例の映像(のキャプチャー)収集に手間取り、まだまとまってませんが・・・・


by Cedar (2014-01-23 01:49) 

田沼久太郎

はじめまして。
別件を調べていたところ、貴サイトの「銀座二十四帖」に辿り着き興味深く拝見させていただきました。
あの下り坂は飯倉の手前だったんですね。私はてっきり泉岳寺の前の坂で、都電は伊皿子線かと思ってました。
勉強になりました。今後も時々お邪魔させていただきます。
by 田沼久太郎 (2014-12-23 11:09) 

Cedar

◼︎田沼久太郎様
ご訪問とコメント、ありがとうございます。拙鉄ブログでも昔映画と鉄シーンでのシリーズは、そこそこ好評です。
貴HPも拝見しました。
by Cedar (2014-12-23 19:47) 

田沼久太郎

映画に鉄道のシーンはつきものですよね。
私も現状不明な鉄道シーンがたくさんあります。特に地方の駅や橋梁です。
お手隙の時で結構ですので、可能ならお助けください。
今後ともよろしくお願いいたします。
by 田沼久太郎 (2014-12-24 14:14) 

Cedar

◼︎田沼久太郎様
こちらこそよろしくお願いいたします
by Cedar (2014-12-25 00:03) 

新倉恒章

先日友達の所で”銀座二十四帖”を見ました、この映画に興味がわきネットでいろいろ見ていて貴サイトに辿り付きました、とても詳しい内容でビックリしました。この中で常磐線の有楽町駅までの乗り入れについて有りましたが昭和30年代初め小学校低学年だった私は乗った記憶が有ります、たまたま私の祖母が銀座に住んでいてしかも叔母が亀有に居たのです、その時乗りました唯常磐線の有楽町乗り入れは運行はそんなに長く無かったと思います。
by 新倉恒章 (2017-10-31 20:19) 

本田

映画は貴重な文化財というのがよくわかりました。これから、人物ばかり見ずに数回見る必要がありそう(笑)
ところで、その当時いなかったので、基本的な質問をさせていただきます。
「銀座二十四帖」の帖はなんと読みますか?
小林信彦氏の「わがクラシックスターたち」という本を点訳していて、絶対正しい読みが必要なんです。
よろしくお願いします。(1949年生まれですがわかりません)

by 本田 (2017-12-03 12:13) 

本田

映画は貴重な文化財というのがよくわかりました。これから、人物ばかり見ずに数回見る必要がありそう(笑)
ところで、その当時いなかったので、基本的な質問をさせていただきます。
「銀座二十四帖」の帖はなんと読みますか?
小林信彦氏の「わがクラシックスターたち」という本を点訳していて、絶対正しい読みが必要なんです。
よろしくお願いします。(1949年生まれですがわかりません)
2度送信したかもしれません。すみません。
by 本田 (2017-12-03 12:16) 

本田

早速ありがとうございました。
自身をもって入力できます。
題名を入力しただけでは日活のHPにたどり着けませんでした。
やっぱり大元を見ないと駄目ですね。

鉄的な見方はとても好きです。
鉄分大事です!!
by 本田 (2017-12-04 08:46) 

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