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鉄ブログらしく追悼・原節子さん(その1=春と秋の紀子) [映画・音楽]

昔の日本映画大好き鉄のCedarです。
原節子さん死去にあたり、Cedar流レクイエムを・・・と思い立ちました。
晩春DVD.jpg麦秋DVD.jpg(1)
第1回は、戦後間もない鎌倉に住む20代後半の女性の結婚を軸に、揺れる家族の想いを描く2作品から~
印象的な原節子さん&鉄シーンをキャプチャしてみました。

原さんはどちらの映画でも『紀子・28歳・鎌倉在住・丸の内の会社勤務・独身』という役を演じています。

晩春00.jpg(2) 
1949年(昭和24年)の『晩春』、小津安二郎×原節子が最初にコンビを組んだ作品です。

冒頭は北鎌倉駅、小津監督得意の空舞台(無人のカット)で登場します。
晩春25.jpg(3)
こういうカットで観客を一気に映画空間に引き込むのは、今も使う手法。

主人公の曾宮紀子は父周吉と鎌倉で2人暮し。
晩春21.jpg4
)  
28歳、当時は売れ残りなんていわれる年齢~今では考えられないですね。

『晩春』『麦秋』『東京物語』と、原節子の演じる役名は、設定は別人でもみな紀子で、『紀子3部作』と呼ばれるとか・・・・


鉄にとってはお楽しみ~
小津映画の定番となる(東京への)お出かけシーンで、当時の横須賀線がたっぷりと登場します。


晩春22‐1.jpg5
線路配置は今と同じながら、空の広いのどかな雰囲気の鎌倉駅ホーム。


晩春03.jpg6
北鎌倉寄りのトンネルに消えていく東京行き。
戦後まもない横須賀線は70系など影も形も無く、6373?)も走ってたんですね

晩春05.jpg7
2扉・3扉・4扉青帯2等車もあれば白太帯の占領軍専用車も繋がった編成が行きます。
周囲が開けた複々線区間は大船~戸塚間でしょうか?晩春23.jpg8

ロングシート車のつり革につかまって、父と2人で東京へ・・晩春04.jpg9

晩春07.jpg10
戦前からの生え抜きモハ32も頑張ってました。広々した線路用地は鶴見あたりと思われます。
最近JR東日本から消えつつあるコンパウンドカテナリーが美しいです。

あ、もちろん原節子さんも美しい~
うつむき加減のアングルが特にいい!と思うのはCedarの思い込み?
晩春09.jpg11晩春08.jpg12
古い東京鉄にはガーダーの形が懐かしい六郷川橋梁を渡って、紀子と父は東京へ・・・


ここは都内のどこでしょうかこの編成は17m車まで入っています後ろから3両目です。
(ちなみに、この一連のカットはすべて後追いです・・・。)晩春11.jpg13

映画の常で、ほんとは同じであるはずなのにカットごとに違う編成が出てきます。が、この場合はむしろ嬉しかったりして・・・


そしてこちらは1951年公開の『麦秋』
麦秋00.jpg14

こちらでの役名、間宮紀子が住むのは北鎌倉麦秋03.jpg
15
小津映画の鉄板=東京への出勤シーンです。

麦秋05.jpg16
北鎌倉駅で兄の旧友と上り電車を待つ、おなじみの小津アングル親しき仲にも礼節あり、という時代の男女の距離感ですね。

やってきた電車は・・・おお!当時新製されたばかりのクハ76です。
麦秋06.jpg17
『晩春』の茶色の63とは雲泥の差ですね。

麦秋02.jpg18
今日は勤務医の兄(=『晩春』では父親役※だった笠智衆さん)は1本前の電車、車内もスカ線らしいセミクロスです。


2年前に演じた父親役(※↓)と比べるとやはり若作り(当たり前ですが・・)

晩春27.jpg19
笠さんは『麦秋』の母親役だった東山千栄子さんと2年後『東京物語』で老夫婦役を演じてるのはご存知の通りです。


ふたたび『麦秋』の鉄シーン

20北鎌倉付近と思われるロングショットも・・・麦秋07.jpg
左が東京方先頭ですが、3両の42系の次に。クハ76が中間に入っています。70系続々落成のころ、なんでしょうか

今も続く逗子駅解結の編成?
麦秋08.jpg20
同じショットの後半、1両だけ茶色が混ざってるのも時代ですねぇ。

主人公の暮らす鎌倉の風情に溶け込んでいたころの横須賀線は、小津監督の映画に頻繁に登場します。

東京へ向かう車上からのショットも両作品にあります。
上が『晩春』、下は『麦秋』
晩春22.jpg22
ブドー色の42系も70系登場後スカ色になってるのはご承知の通りです。
麦秋01.jpg23
どちらも『東京に向かうワクワク感』を感じさせるショットですね。



実際、小津映画の女性たちは家を出て東京の街に出ると、とたんに表情が明るくなりますね。

原さんの表情も同じです。
上は『晩春』下2つは『麦秋』

晩春12.jpg24
ONとOFF、ハレとケ・・性格まで変わってしまう。
家に縛られてる時間との対比を強調してるのは、監督・脚本の意図でしょうか?麦秋09.jpg麦秋010.jpg
25・26


戦後すぐなのに、こぎれいな店や街並みばかり登場するのは現実逃避だ、という批評もあったようです。



『晩春』にはこんなシーンも出てきます。鉄シーンじゃないですが、ま、乗り物ということで・・

晩春13.jpg27晩春14.jpg28
原節子さんの実年齢もあり、この映画での表情は若々しい。
晩春15.jpg29) 
占領下とはいえ、こんな標識ほんとにあったんですかね?→HIRATSUKA BEACH→なんて、笑っちゃう・・・。 こういうのも左翼的映画批評からは『プチブル的』って言われたんでしょう・・・

原節子さんが綺麗に撮れてるからいいじゃねえか~とは・・言えなかったでしょうね。

下のシーンなんか、プチブルどころか鎌倉のお大尽そのものです。晩春18.jpg30
鎌倉の親戚の家のシーン、3線式Oゲージが子供部屋に!
どこのメーカーのでしょうか?ヌッキーナ様、解説お願いしますゥ~。

同じような模型が『麦秋』にも出てきますね。
麦秋013.jpg31
昭和26年に子供のおもちゃがOゲージってのは、かなりハイソです。

『麦秋』には後半にも印象的な鉄シーンがあります。
父親が紀子の結婚の決断を聞いて、思わず外に出るシーンで横須賀線の踏切が印象的に登場します。

麦秋015.jpg32
警報機使用中止・・なんですね。

電車の通過を待つ間、路傍に坐る姿を電車の床下から透かしたショット、いいですねぇ!
麦秋016.jpg34
こういうシーンを原節子さんでやってほしかった・・・。
ここでも中間に入ったクハ76が印象に残ったのは鉄だけでしょうが・・

麦秋017.jpg35


鉄ブログですが原節子追悼でもあるので、ラストは原さん表情集@『紀子』です。
36~38)こちらは『晩春』
晩春19.jpg晩春16.jpg晩春17.jpg

のちに『原節子大根説』が出たとき、小津監督が『そんなことはない』と擁護したのも納得ですね。


晩春26.jpg(39)


こちらは『麦秋』から~
(40~42)
原節子麦秋01.jpg原節子麦秋02.jpg原節子麦秋03.jpg

 

小津監督の葬儀に出た後、突如引退~
その後亡くなるまで、映画の舞台の鎌倉に住み続けた原節子さんでした。晩春24.jpg晩春02.jpg
(43・44)

コピー ~ 麦秋2 のコピー.jpg(45)

・・・・例によって長くなってしまい、鉄分も薄まりましたんで、以下は次回にいたします。

ではまた。


nice!(21)  コメント(19)  トラックバック(0) 

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コメント 19

のり

原節子さん企画、ありがとうございます。

前にもコメントさせていただきましたが、著名人の訃報に接した瞬間に涙が出てきたのは初めてのことでした。
もちろんリアルタイムで活躍されていた頃を知る由もありませんが、人生も晩年に差し掛かった現在、小津さんをはじめとする「原さんの出演された映画」を見るたびに、深い感銘を受けていました。
小津さんのカメラ廻しや笠智衆さんの飄々とした演技を通して、何気ない「日常」や「無情」、見終えたあとの「虚無感」…。

そして、女優としての引き際の見事さ。

続編を期待しております。
by のり (2015-12-03 07:27) 

シグ鉄

多摩川のヘソ下までのトラス、懐かしいですね。
10番は後追いですから、最左を走行していることになります。
新子安ー鶴見交差より東神奈川寄りでしょうね。
13番は田町電車区ではないでしょうか?
下り本線が見当たりませんので・・・

原節子さん、こんなに魅力的な女優さんとは!
Cedarさんがメガホン取った方が良かったのでは・・
by シグ鉄 (2015-12-03 11:21) 

ひでほ

こんばんは
この映画観たことがあります。
どれも旧国マニアにはたまりませんね。
モハ32に42系に70系
鎌倉ノトンネルのところはすいぶんひらけていたんですね。
大船電車区の試運転でよくクモハユ74付を撮りました。
越後屋車両に高シマの70系の廃車回送のときは、映画風
に撮影できるところを探したのですが・・・結局北鎌倉ホーム
で撮影となってしまいました。
懐かしいです。
by ひでほ (2015-12-03 18:09) 

三等急電

元・いきもの部長改め三等急電と申します。
原節子さんが活躍していた時期は子供でしたので、その存在を知ったのは引退後でした。
リアルタイムで拝見できず、残念です。
ところで、鉄道ファン1977年11月号掲載の「横須賀線ものがたり」によると、戦後間もない頃には自力走行できない車両をEF53が牽引したり、戦前型ロングシート車や63系が多数転入し32系と混結していたそうです。
by 三等急電 (2015-12-03 22:28) 

Cedar

■のり様
Cedarも原節子さんをリアルタイムでは知りません。小学生くらいの時にTVで『東京物語』を観た時も、特に何も感じませんでした。こういう映画って大人になって沁みてくるんですね。
■シグ鉄様
横須賀線の撮影場所の特定ありがとうございます。
原節子さん、最初に見たときは仏像みたいだな~としか思いませんでした。
■ひでほ様
小津映画の横須賀線は鉄資料としても貴重ですね。線路や架線の美しさも印象的です。
■三等急電様
Cedarも映画に嵌りだしたころは原さん引退後でした。
>戦前型ロングシート車や63系が多数転入し32系と混結・・・
コレはまさに『晩春』の時代ですね。EF53牽引はさすがに出てきませんが・・

★モボ様
★arail206様
★nd502様
★足立sunny様
★AKI様
★あるまーき様
★hanamura様
★ぷっぷく様
★らしゅえいむ様
★やまびこ3様
nice!ありがとうございます


by Cedar (2015-12-03 23:49) 

Cedar

★SORI様
nice!ありがとうございます
by Cedar (2015-12-04 11:19) 

狂電関人

Cedarさま

原節子さん企画ありがとうございます!
ちょうど三部作制作の過程など読んだ直後なので・・・。
小津流カメラワークであるローポジ。なんとそれ用に脚を誂えたとか・・・。
セットには天井や部屋の壁を4辺とも作ったとかその絵作りの拘りようが随所に見れてべんきょーになります!
そして鉄道も小津映画の重要な小道具ですね。俯瞰遠景の列車を
登場人物のココロの移り変わりを表現するために使ったりとか。
コンパウンドカテナリー、ホント最近見なくなりましたね。
三部作はゆっくりと鑑賞したいです。
by 狂電関人 (2015-12-04 12:00) 

Cedar

■狂電関人様
この一連の映画をじっくりと見直しました。鉄シーンにも深い意味が込められてると分かったりして・・・
この2本はアマゾンプライム会員だと、無料で見放題です。
デジタルだと、細かいところを何度も見返したり、ストップモーションできたりするのがいいですね。
本来の映画の観方ではないですけど。
by Cedar (2015-12-04 14:05) 

Cedar

★triguraf様
★Ujiki.oO様
★あおたけ様
nice!ありがとうございます



by Cedar (2015-12-05 00:22) 

Chitetsu

昨晩はお疲れ様でした〜
映画に登場する鉄シーンの数々、鉄の本でもお目にかかれないような貴重なシーンが多いですね。
思わず食い入るように見てしまいました。

by Chitetsu (2015-12-05 08:56) 

E.NUKINA

原節子さん、お美しいですね。
鉄よりもそちらに目が行ってしまいます。

ご指名ですので、Oゲージですが、
(30)ではぼやけてますが(31)の客車は
SAKAI(阪井模型店)のものですね。
アメリカ輸出向けなのか、ブルーに白線の
塗装でした。
鉄道模型と玩具の中間的な製品です。

戦前の関電機製作所の流れを汲むメーカーで
終戦後間もない頃から1960年代中頃まで
主にアメリカ向けの製品を作っていました。

日本では模型店でなく
百貨店の玩具売り場で売られていたので、
高級玩具の部類に入るものです。

アメリカ映画に登場するライオネルと同様で、
正にお金持ちの坊ちゃんの象徴だったと
思います。


by E.NUKINA (2015-12-05 09:47) 

Cedar

■Chitetsu様
小津映画の鉄シーンは構図がいちいち決まっていますね。
隅々まで計算されたフレーミングだと思います。
■E.NUKINA様
さすがのお答え、ありがとうございます。
小津映画って若い頃観たときは、戦後すぐにこんな金持ち暮しはうそっぽい、と思いましたが・・・・
SAKAIと言うと、先日の阪堺お絵かきコンテストの賞品でいただいた市電がSAKAI製でした。
by Cedar (2015-12-05 10:23) 

KEY坊

原節子と旧国の混成、シビレますねぇー。
モハ32と63形、今となってはこんなに惚れるスタイルだと思いもよりませんでした。特にモハ32なんか模型を造りたい気持ちに .. 。
少なくても、ハイテク63形の山の手線E255?より心が動きます(笑)
原節子と旧国を静かに包み込んだ鎌倉に感謝 ... 。
by KEY坊 (2015-12-05 11:24) 

八犬伝

原節子さんは、さすがにわかりません。
笠智衆さんの弟が、私が通った小学校の校長先生だったので
何かのテレビドラマの撮影が運動会に入りましたよ。
by 八犬伝 (2015-12-05 12:55) 

京葉帝都

原節子さん、あのどこか高貴な美しさは全盛期の日本映画にはなくてはならない方だったと思います。今のタレントさんとは立ち位置が違っていました。
横須賀線はスカ色のイメージがこびりついていたのですが、(6,7,8,13)のように茶色の時代の記録は新鮮ですね。
15両編成になってから横須賀・総武系統のグリーン車は真ん中に位置していて、G車に乗る乗らないにかかわらず分かりやすいのですが、他の線区のG車は位置がずれているので戸惑います。11+4と10+5の違いもあります。逗子の留置線の位置の関係で簡単に編成替えはできないでしょう。省線の長距離電車運行の先駆けであり、伝統的に二等→一等→G車を組み込んできたスカ線は、今でも独自性がある点でちょっと別格なのではないでしょうか。
by 京葉帝都 (2015-12-05 13:08) 

Cedar

■KEY坊様
モハ32は今も人気ありますね。
E255はいつごろ再デビューすんでしょうか?しなくてもいいですけど。
■八犬伝様
笠智衆さんも映画でよく校長役やっていましたね。
■京葉帝都様
こんな記事書いてるCedarも原さんをリアルタイムには知りません。
神話化されている最後の女優さんですね。
横須賀線の別格ぶりは湘南新宿ラインと直通するようになって変わりましたが、原節子さんは永遠に別格?

★gardenwalker様
★UZ様
★芝浦鉄親父様
nice!ありがとうございます


by Cedar (2015-12-06 20:59) 

Cedar

★ライト様
nice!ありがとうございます
by Cedar (2015-12-06 21:24) 

道草人生

僕もあの模型は昔から気になってました。そうゆう来歴ですか。やはりあの頃の鉄道模型はお金持ちを象徴するアイテムなんですね。ところで世間的には東京物語が小津安二郎と原節子の最高傑作と言われることが多いですが、僕も麦秋のほうが好きです。東京物語はあまりにも劇的な展開で話が作られすぎている感があるのに比べ、麦秋は話の流れが自然ですし、原節子も笑顔のない未亡人役より結婚を決め将来の夢を語る明るい表情の方が美しいと思います。
by 道草人生 (2015-12-10 21:16) 

Cedar

■道草人生様
『東京物語』と『麦秋』の比較が出来ることが当時の日本映画のレベルの高さですね。当時のベストテンを見るとそりゃ贅沢ですもんね。
麦秋は野田高梧サンもお気に入りの脚本だったのは記述通りです。
by Cedar (2015-12-10 22:00) 

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